愛は循環するもの・息子に“愛の説教部屋”によばれた話

日々のできごと

今回は、愛についてのお話です。LOVE💕のお話。stand.fmでお話しています。
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胎内記憶のある息子は私に「神さまの愛を伝えるために来たよ」と話してくれます。

私にわざわざ神さまの愛を伝えにきてくれたということは、私は愛についてよくわかっていないところがあって、私はまだまだ赤ちゃんレベルだということなのかなと思っています。

息子から「ママがこれからどういう人生を送るかわかってるよ」という事を言われたことがあるのですが、息子は私が歩むべき道を外れていかないように見守ってくれているようなところがあります。

ふだんは何も言わずに見守ってくれているのですが、私が愛のことをよくわかっていなくて、あまりにも間違ったことをして道を外れていきそうになると

「それ違うよ」とハッキリ伝えてくれます。

少し前のことなんですが、私があまりにも愛がわかっていないようだったみたいで、息子から愛についてのお説教がありまして^^;

愛は循環するものだ」と教えてくれました。

どういうことかと言うと
私がつらそうに見えることがあったのか、「ママもわかっていると思うけれど、自分の中の愛を出さないようにしていると病気になるよ。」と教えてくれました。

自分の中の愛を出さなくても、誰かがくれる愛を受け取らなくても病気になるんだ、ということらしいです。

自分の中の愛を出さないようにするのも良くないし、あとは私が誰かがくれる愛情を私が受け取れていないように見えたみたいで、(これは息子が会ったことがない人でも誰かが私に愛をくれようとしているとそれを息子がエネルギーレベルでキャッチするみたいです)「愛をくれている人がいるんだけど、ママが受け取らないから、その人病気になっちゃうよ」と言っていました。

愛情は滞らせないで、巡らせていくことで、人は健康でいられるということらしいです。

受け取って出すということをやっていかないと毒になるということでしょうか。

あと、息子がその時言っていたのは「日本人は、渡した愛情がちゃんと返ってくる国だよ」ということです。

愛の循環が、日本はうまくいっているんだということみたいです。

わが家では、日本人はどうとか、愛国心みたいなことは教育していないけれど、不思議と息子は「日本人は~」と語っていました。

日本には、思いやりとか、おもてなしの心という文化があるからなのかなと感じています。

愛をもらったら返したいと思っても、愛情がくれた人に直接返せないこともありますよね。

たとえば、通りすがりの人が助けてくれたりとか。

私は幼少期に迷子になって、たまたま通りかかった人が気づいて交番に連れていってくれたことがあるのですが、その人の連絡先は知らないので、直接お礼をすることはできませんでした。

子どものことでも、通りすがりの人に助けてもらうことが最近でもありました。

愛をくれた人に直接返せないことってたくさんありますよね。

返したくても会えなかったり、連絡がとれなかったり、亡くなっていたり、あと随分経ってから、自分に愛をくれていたんだなと気づくこともあると思います。

そんな時は、返せないことに、申し訳なさと苦しさを感じますよね。

でも、愛は循環するものだから、今、自分の周りの人にいる人に自分の愛を渡していくことで、届けたい人のもとにも巡り巡って届くのかなと思います。








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